<豊臣家>

1584(天正12)年1月3日、大坂城内の山里の茶屋で秀吉、千利休(宗易)、津田宗及が茶会を催す。【宗及他会記】

1584年1月、秀吉が毛利と中国国分を進める。毛利輝元へ書状を送り、国境線を妥協しなければ諸城を攻 ...

<豊臣家>

1583(天正11)年1月、滝川一益が秀吉に対して挙兵。
伊勢 亀山城主の関盛信・一政父子(本能寺の変後に信孝方から秀吉方となっていた)が年賀の挨拶で姫路城を訪れた隙に、攻撃を行い、占領する。峯城(城主 岡本良勝)も ...

 

天正壬午の乱(1582年6月~10月)
信長の死後、空白となった旧武田領を狙い北条、上杉、徳川が争う。

  

※参考文献:『天正壬午の乱』平山 優 (著)

<織田・豊臣家>本能寺の変後の動き

本能寺の変で信長を討った明智光秀が近江制圧を進める。焼き落とされた瀬田橋を復旧させ明智軍が進軍する。

若狭の武田元明は本能寺の変を知ると明智方につき、佐和山城を占領、また武田元明の義兄 京 ...

本能寺の変家康の接待

1582(天正10)年5月9日、家康一行(本多忠勝・酒井忠次・井伊直政・榊原康政・石川数正・服部正成・穴山梅雪ら重臣・小姓の34名)が御礼のため上洛。浜松から京へ向かう。

5月11日、家康一行が岡崎城へ ...